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あの男は、可笑しい。
それは、誰よりも自分がわかっていたはずなのに。
何故か彼の妻をしている自分がいる。
自分も可笑しくなった。
月は小さくため息をついて、ベッドの上で転がる。
すっかり寝静まった子供たちの部屋。
一つ屋根の下にいる小さな存在を愛しく思う。
微笑んで、そろそろ寝ようかと枕もとのランプに手を伸ばす。
「…遅い、よな」
呟いた。
竜崎の帰りが遅いのは、いつものことだった。
しかし、それに慣れてしまう自分が怖かった。
暖かい家庭を、望んでいたはずではない。
竜崎と夫婦になると決めた瞬間から、子供たちの為に頑張ろうと思ったはずだ。
子供たちから温かさを分けてもらっていることはあるけれど、竜崎からそれをもらおうとしたことはない。
きっと、この部屋が大きすぎるから。
一人きりが誇張されるように、寝室は大きい。
白で統一された部屋は、夜空からの光を大きい窓で受け止めていた。
月は静かに立ち上がると、冷たいガラスに手をつけた。
「待ってる、わけじゃない」
少し、空が綺麗だったから。
少し、寝付けなかったから。
ただ、それだけ。
言い訳するように呟いて、誰に言い訳しているのかと考える。
その時、寝室に一筋の明かりが入り込んだ。
振り向けば、相変わらず猫背な奴がどこか驚いたように月を見ていた。
「…月君?」
あまりにも情けない声に、月は笑う。
「なんだよ、幽霊でも見たような顔して」
「いえ…」
「僕が起きてたのが、そんなに珍しいか?」
「あ、はい」
目をぱちくりとさせたまま、竜崎は頷く。
そして、静かに寝室に入ってきた。
思えば、夫婦になってからしっかりと時間を取って話したことはなかった。
月はベッドに飛び乗った竜崎の姿に、小さく笑った。
「今日は、早かったんだな」
「早いと言っても、10時過ぎです」
「お前にしては、早いだろ?」
「一般家庭からすれば、遅い方ですね」
「わかってるなら、早く帰れよ」
自然と拗ねた言い方になる。
そんな月に、竜崎は嬉しそうに言った。
「私を待っていてくれたんですか?」
「違う」
「寂しかったんですか?」
「…自惚れ」
「はい。月君に関しては自惚れます」
「馬鹿」
悔しくて、笑う。
こそばゆい感覚。
クスクスと笑う月に、竜崎はベッドを叩いた。
「…どうした?」
突然の音に振り向いた月。
背後から照らす月光が、月のシルエットを綺麗に形作る。
とても、幻想的な光景。
なんて美しいのだろう。
なんて素敵な光景を目の当たりにしているのだろう。
感動しながらも、竜崎は歩み寄ってきた月の手を引いた。
「一緒に寝ましょう」
「…いつも、一緒だろ」
「月君が起きている時に寝るのは、久しぶりのことです」
いつも月が深い眠りについた頃、竜崎も布団にもぐりこむ。
それを知っていた月は、仕方がないと溜息をついた。
「その前に、お風呂入ってこい」
「お誘いですか?」
「竜崎が風呂嫌いだから、言ってるだけ」
相変わらず、素直じゃない口。
顔を真っ赤にさせた月に、竜崎は微笑むと額にキスをした。
そして、照れて俯く月を残して言葉通りに風呂に入ってこようとベッドから降りる。
「じゃあ、待っていてください」
頷いてくれるとは思えないけれど、言っておきたい。
それだけの、理由。
竜崎の一言に、月は真っ赤な顔を上げた。
「竜崎」
「はい?」
「…おかえりなさい」
それでも頑張って言ってくれた彼に、最上級の感謝の言葉を。
「はい。ただいま帰りました」
嬉しそうに笑った竜崎に、月も満面の笑顔を返した。
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