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主婦の悩みは尽きないものである。
休日の昼下がり、月はテーブルに手をかけ悩んでいた。
それを囲むように、竜崎、ニア、メロの順で珍しく不規則に配置された椅子が埋まる。
「ところで、今日の夕飯は何が食べたい?」
月は日頃から気にしていた話題を口にした。
夕飯に留まらず、休日の献立を考えるのは至極大変なことだ。
同じようなメニューが続いても、この家族なら何も言わないだろう。
強いて言えば、月のプライドが許さなかった。
出来れば、皆には望む献立で食事を作ってあげたいというのは、プライドというよりかは純粋な優しさにも思えた。
月の質問に、竜崎がテーブルの上に手を伸ばしながら答える。
「ケーキが食べたいです」
「いつも食べてるだろ。デザートにも用意してる」
「いえ、夕食ですからホール一個」
「却下」
そんなことをしたら、自分とニアの健康が損なわれる。
この際、食事だかつまみ食いだかわからなくなったメロのチョコレート依存については、口を開かないことにした。
「ニアは?」
月が望む食事を摂ってくれているのは、どちらかといえばニアだ。
ただ、気になるところと言えばニアは余りたんぱく質を好まない。
肉、魚にこだわらず、たんぱく質となればベジタリアンのように好まない。
だからと言って、ベジタリアンではないと彼は以前言っていた。
手を下ろした竜崎に代わり、ニアがテーブルの上に手を伸ばす。
「私は、月さんが作るものなら何でも良いです」
「それが一番、困るなあ」
そういえば、実家の母も言ってきた。
母という立場になってわかるのだが、やはり何でも、という言葉はとても難しい。
しかし、言う側からすればそれが一番の答えなのだろう。
学生時代、実際に適当に見繕う夕食を求めていた月自身が、それをよくわかっていた。
苦笑する月に、ニアは一瞬考え言う。
「…多分、月さんが望むような夕食が私も好みです」
「僕もそう思う」
似ているからこそ、迷うのだけれど。
皮肉なのか何なのか、見事に好みの分かれる二組がこの家庭にはそろっている。
月とニアの会話に、どちらかというと竜崎と似た好みを持つメロが言った。
「俺はハンバーグが食べたい」
「ハンバーグ…。あ、たまにはステーキにする?」
近くの店で、ステーキ肉が手ごろな値段で売られていた。
思い出す月に、メロはテーブルに手を伸ばしながらぽつりと口を開く。
既にニアは両手をテーブルの下に隠していた。
「ステーキよりも、ハンバーグの方が好きかな」
メロは本当に子供味覚。
そんなことを思いながらも、月は口に出さない。
言ったら、激怒しながらもどこか悲しそうに反論する彼の姿が目に見えていた。
微笑む月に、ニアが口を開く。
「ハンバーグなら、私は和風が良いです」
肉が苦手なニアらしい。
メロが手を引っ込めたのを見計らい、今度は月がテーブルに手を伸ばす。
「大根おろしとかのせて、さっぱり風か…。夏には良いね」
「はい」
どこか嬉しそうなニアとメロ。
二人の要望は、これで叶えられたのだろう。
とりあえず、今日の些細な悩み事はこれにて解消。
月が手を下ろすと、竜崎が手を伸ばしながら口を開く。
「ケーキはどうなりました?」
「食後だよ」
「ホール一つですか?」
「どこをどうしたらそうなる」
「食べたいからです」
指を咥える竜崎に、月はため息をつく。
瞬間。
テーブルの上でポンと何かが跳ねた。
それは、黒髭が書かれた小さな人形。
「お!やりー!」
「私達の勝ちですね」
メロとニアは同時に言う。
竜崎はその言葉に、不機嫌そうに落ちてきた黒髭をキャッチした。
黒髭危機一髪。
昔からその名称で知られるおもちゃを、ニアが手に入れたのは最近のことだった。
しかし、メロと二人でやるわけにもいかず。
だからといって、一人でやるには空しく。
折角の休日に四人が揃ったところで、ゲームをしようと提案したのはニアだった。
珍しいニアからの誘いの言葉に、メロと月は素直に頷く。
月が参加するとなれば、必然的にお菓子を取っていた竜崎の手も止まる。
いそいそとゲームを開始したは良いが、流石に四人とも運が良いのかプラスチックの樽には剣が沢山刺さっていた。
長々と続くゲームに、月が夕飯の質問を口にしていたのは、ようするに暇つぶしである。
「…なんだか、悔しいです」
一人、落ち込む竜崎。
それを見ながらとどめを刺すように、月がメモを差し出した。
流石に記憶力が良いだけ、三人ともそのメモの意味はわかっていた。
ゲームの途中で付け加えられたルールを思い出す。
「はい。負けたから買出し」
にっこりと微笑む月に、竜崎はあからさまにショックを受ける。
「酷いです」
「ルールはルールだろ?」
「月君は、私一人で買い物に行けって言うんですか?」
「うん」
「本当に、私一人で?」
「ニアもメロも、一人でおつかいに行ってくれるよ」
ゲームを片しながら、ニアとメロは不敵な笑みを竜崎に向ける。
憎たらしい子、とちょっと悔しくなった竜崎。
とにかく、せめて救いの手を、と月に視線を向ける。
「月君、私一人では道に迷います」
「何事も経験じゃないかな?」
「第一、この家から近場のスーパーまでだったら五分でいけるぜ」
ケロリと言ってのけたメロを、竜崎が睨む。
ニアがおもちゃ箱に全てを片付け、それを補足した。
「しかも、一本道ですよね」
「迷わないよな」
「迷いませんよね」
「お前達…!」
悔しげにする竜崎に、月はため息をつきつつ買い物袋をテーブルに置く。
既に月も、竜崎のことを半ば見捨てていたようだ。
そそくさとキッチンに向かう月。
手には冷たい麦茶の入ったボトルが握られていた。
「ニアもメロも麦茶で良い?」
「はい」
「あ、俺、ジュース」
「はいはい」
メロの言葉に、ジュースはあったかな、と冷蔵庫を覗く月。
呆然としている竜崎は、そんな三人を心持ち遠くで見る。
「月君…」
竜崎の呟きが聞こえたのか、月は手を止めた。
「あ、竜崎」
「はい!」
「ジュースがなくなりそうだから、ついでにお願い。オレンジね」
「…月君」
じとっと月を見る竜崎に、月は慣れたように無視を返す。
そんな態度がいい加減我慢できなくなったのか、竜崎は月に抱きついた。
「月君も一緒が良いです!」
「ちょっ!」
突然の衝撃に、月は持っていたジュースのパックを落としそうになる。
慌てて振り向けば、腰に抱きつく哀れな竜崎がこちらを見上げていた。
正直、反応に困った。
「竜崎、これじゃあ動けない」
「一緒に行ってくれると言うまで放しません」
「子供達は一人で行ってるぞ」
「子供は子供。私は私です」
「子供以下か」
「違います。ただ、月君と一緒にデートしたいだけです」
最近、一緒に買い物にも行けなかったでしょう。
意味ありげに言われた言葉に、月の頬が無意識に赤くなる。
しかし、ここで負けるのは月が嫌だった。
月は竜崎を引き離そうと、手を伸ばす。
「そんな言葉に騙されるか!」
「騙してなんていません!本音です!」
「尚更、タチが悪い!」
「月君への愛ゆえにですよー!」
顔を真っ赤にさせた月が、それを見て嬉しそうに腰に抱きつく竜崎に激怒する。
そんな夫婦を前に、子供達は小さくため息をついた。
「相変わらず、だよなあ」
「いつものことです」
呆れたような呟きと、月の華麗な蹴りが竜崎を吹き飛ばすのは同時だった。
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