思い切って言葉にしてみた。
今まで考えるだけで口にしなかった、いや、口に出来なかった言葉を口にした。
本音を言えば、君の反応が見たかった。
ただ、それだけ。

「月ー！次はあれ食べたい！」
「メロが指差すのは甘いものばかりです」
「うっせ！」

イー、と悪戯っ子のようにメロは笑って走り出す。
ニアはため息を付きながら、そんなメロの後を追う。
チョコバナナと水風船をそれぞれ手に持ち、祭りを楽しむ姿に月は自然と笑顔を溢した。

「転ばなきゃ良いけど」
「子供は元気が取り柄です」
「それもそうだね」

珍しく一般論に聞こえた竜崎の言葉に、月はまた笑う。
どこか心が楽しくなるのは、鳴り響く太鼓の音のせいだろうか。

「祭りなんて、久しぶりだなあ」

月は赤い提灯を見ながら、商店街の名前に目を通した。
隣でプラスチックの面を頭に掲げ、綿菓子を摘まみながら竜崎は口を開く。

「私は、初めてです」
「え？」
「お祭り」
「珍しいと言うか…」

絶句する月の前で、竜崎は綿菓子をペロリと平らげた。
そして、早々と目の前にあったあんず飴の屋台に向かう。
赤いあんずが、輝いていた。
水飴を混ぜながらどこか楽しげにしている竜崎の姿に、月は隣で売っていたりんご飴を買う。
あんずよりも毒々しく見えるりんごに、竜崎がピクリと顔を上げた。

「りんご飴、美味しそうです」
「後で買えば良いだろ？」
「なんて言うか、月のりんご飴が食べたいです」
「…変態、馬鹿」
「そうですね」

水飴を伸ばしながら竜崎は楽しむ。
前々から思っていたが、竜崎は、見た目だけは立派な子供だ。
大きな子供の姿に、月は自然と手を伸ばしていた。

「前髪。飴がついてるぞ？」
「気づきませんでした。意外に食べるのが難しいんですね」
「そうかな？」

竜崎の食べ方だからこそ出来る芸当だとも言える。
微笑んで竜崎の前髪を整えた月。
その手には水飴がついて、少しだけベタついた。
どうしようかと考えていると、不意に竜崎が月の手をとる。

「竜崎？」

ペロリ。
無言で指先を舐められた。
考えること数秒の後に、月は指に触れた感覚を思い出し赤面する。
竜崎はそれでも平然としていた。

「甘いです」
「だ、…って、そりゃ、お前……」
「珍しく言動が落ち着いてませんが」

にたりと笑う顔に月はそっぽを向いた。

「知るか」
「はい」

そういう事にしておきましょう。
なんて平然と言い、竜崎は飴細工に手を伸ばす。
止まらない食欲はいつもの事だと諦め、月はパクリとりんごをかじった。
祭りの明かりが夜を照らす。
心が揺れる。
隣で佇む子供に、月は自然と笑っていた。

「でも、僕はそういうお前の態度、嫌いじゃない」

寧ろ、好き？
誤魔化して言った。
今まで口にしなかった言葉にどう反応するのかと竜崎を見て、月の方が反応に困った。
どこか視点の定まらない瞳で、竜崎はポカンと飴を口に含むままにしている。

「…竜崎？」
「え？あ、はい！」
「どうしたんだよ？」
「どうしたもこうしたも…！」

最後は言葉にならないと、竜崎は月に抱きつく。
抱き締められた月は、突然の温もりと周囲からの視線に一瞬思考を停止させた。

「竜崎ー！」
「私達が目を離した隙に貴方は…」

だが、聞きなれた声と、射的の銃によって吹き飛ばされた竜崎の姿に思考も回復する。

「メロ、ニア…？」
「なーにちゃっかり月に抱きついてるんだよ！」
「本当に油断も隙もない人です」

一方、竜崎を叩きのめした二人は嬉しそうに月に駆け寄った。

「月、射的で全部の景品落としたら銃までくれたんだぜ！」
「私は新しい玩具を全て手に入れました」

確かにメロは、いかにもという銃を自慢気に掲げている。
そして、ニアの手には沢山の玩具があった。
帰り道の心配をしながら、月は嬉しそうな二人に微笑んだ。

「良かったね」
「ああ！」
「はい」
「ところで」

微笑ましい空気に、ようやく立ち上がった竜崎がひょこりと顔を出す。
目をぱちくりとさせる三人に、竜崎は人差し指を立てて提案した。

「屋台も結構ですが、月君の手料理が恋しくなりました」
「…確かに」
「…竜崎に言われるのは癪ですが」

突然の発言に急展開を見て、残された月は唖然とする。
しかし、三人からのどこかお願いする瞳に仕方がないと頷いた。

「家に帰ろうか。何か作るよ」

途端、ぱっと顔を輝かせる三人。
月は微笑んで帰り道への手を差し出した。
祭り早しの響く中、不揃いな影は手を繋いで帰路につく。
月と誰が手を繋ぐかで揉めたのは、どうしようもないこととして祭りの中に消えていった。